馬鹿かお前はと言われ自殺
海上自衛隊三曹自殺事件
(第1審 長崎地裁佐世保支部平成17年6月27日判決)
(控訴審 福岡高裁平成20年8月25日判決)
<事件の概要>
平成9年3月、高校卒業後に海上自衛隊に入隊した甲は、平成11年4月から2か月間訓練を受けたが、消極的との評価を受けた。
甲は同年8月頃から,同僚に対し自信がない旨告白するようになり、岳父に対して仕事のきつさをこぼすこともあった。
甲は、直属の上司であるA班長から「覚えが悪い」、「馬鹿かお前は、三曹失格だ」、「仕事もできないのにレンジャーなんか行けるか」などと叱責されたほか、招かれて妻とともにB班長宅を訪問した際、B班長から「お前はとろくて仕事ができない」、「自分の顔に泥を塗るな」と言われるなどした。
同年11月初旬、甲は同僚に対し、「眠れない」、「仕事に集中できない」などと話したが、同僚らは上司に報告しないでいたところ、甲は首吊り自殺をした。
甲の両親である原告らは、甲の自殺は上司らのいじめが原因であり、上司らには甲の自殺を防止すべき安全配慮義務があるところ、被告国は同義務に違反し、甲を自殺に追い込んだとして、国家賠償法に基づき、原告それぞれに対する慰謝料等5,000万円の支払いを請求した。
<第1審判決要旨>
B班長が甲に対し、焼酎を持って来訪するよう半ば強制したり、妻の面前で「お前はとろくて仕事ができない」などと甲を威圧したりしたところ、これらの発言は不適切なものであったことは否定できないが、甲とB班長は当初良好な関係にあったことからすれば、B班長が甲の否定的な感情を察知しないまま甲に話したと推測されること、甲の発奮を促す趣旨で述べたと考えられること等の諸点に照らせば、B班長の言動をもって違法・不当ないじめ行為に当たると評価することはできない。
A班長が、甲に対し「覚えが悪い」、「三曹失格」などと述べた経緯を見るに、甲が合格水準に達せず、見習期間を延長した後も勤務態度に積極性が見られなかったことから、上官らは厳しい指導・教育を行ったことが窺われ、かかる経緯のもとに上記発言等が行われたと推察される。
そして、甲は海上自衛隊の機関員として、艦の安全航行に関わる重要な作業を行う立場にある関係上、厳しい指導がなされたこと自体は不相当であったとはいえず、甲に対する遵法・不当ないじめ行為があったと評価することはできない。
甲は、不眠を訴え、気力の減退等が認められ、「焦燥感」や「集中力の減退」、「食欲の不振」が見られるから、うつ病症状があったといえる。
しかし、他方で、甲は本件事故前日まで欠勤もなく、技量にも成長が見られる状態にあり、同僚らと将棋や雑談をしたり、積極的に勉強したりしており、これらの事実を併せ考慮すれば、甲にはうつ病が重症化していたとはいえないと判断される。
甲の元気のない様子などは、個々の隊員はその一部を認識していたに過ぎなかったこと、甲の悩みは他の隊員も経験していたこと、甲が性格的脆弱性を有しているとは認識されていなかったこと、妻や母親も甲がうつ病に羅患していたとまでは認識していなかったことなどを併せ考慮すれば、個々の隊員が、甲がうつ病に羅患しており、自殺の危険が切迫していると認識することは困難であったといわざるを得ない。
以上のように、同僚隊員らは、甲のうつ病の事実や、甲の自殺の具体的な危険性があることを認識・予見できたとはいえず、上官らが、甲のうつ病羅患の有無及び自殺の危険性を予見することは困難であり、甲の自殺についての予見可能性があったとはいえないから、甲の自殺を防止すべき注意義務(安全配慮義務)の存在を認めることはできない。
<控訴審判決要旨>
A班長は、殊更に甲に対して、言葉を用いて半ば誹誇していた(本件行為)と謎められ、それ自体甲を侮辱するばかりでばく、閉鎖的な艦内で直属の上司から継続的に行われたという状況を考慮すれば、指導の域を超えるものであったといわねばならない。
B班長は、妻の面前で甲に対し「お前はとろくて仕事ができない」と育ったり、部下に対する指導として丸刈りにした話をしたが、B班長と甲は乗艦中良好な関係にあり、B班長が焼酎の返礼の意味で甲夫妻を自宅に招待したこと等からすれば、B班長は甲に射し好意をもって接しており、B班長の言動は平均的耐性を持つ者に対し、心理的負荷を蓄積させるようなものであったとはいえず、遵法な言動とはいえない。
甲は、技能練度において不足する面があり、消極的な勤務態度であったことに加え、できるだけ早期に業務に熟練することを要請されることから、ある程度厳しい指導を行う合理性はあったというペきであり、本件行為は、甲に射し積極的な執務や自己研鎌を促す−面を有していたということはできる。
しかしながち、本件行為はそれにとどまらず、甲の人格自体を非難、否定する内容の喜動であったとともに、階級に対する心理的負荷を与え、下級の者に対する劣等感を不必要に刺激する内容であって、手段としぞの相当糠を著しく欠くものであったといわなければならない。
本件行為は、類型的に強度のストレスがあったとまではいえないが、地位階級に言及し、人格的非難を加えたものであって、本件行為による心理的負荷の蓄積は強度で、しかも持続的であったと評価できる。
甲には、他に強いストレス原因はなく、個体偶にはうつ病に至るまでの脆弱性が認められないこと等からすれば、本件行為と甲のうつ病への罷患及び自殺との間には相当因果関係が謎められる。
控訴審では、慰謝料として、実母に対し200万円、義父に対し150万円が認められた。
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