存在が目障りで自殺
静岡労基署長(化学会社)自殺事件
(東京地裁平成19年10月15日判決)
<事件の概要>
甲(昭和42年生)は、N化学静岡営業所に勤務する医薬情報担当者(MR)であるが、平成14年4月に赴任した上司の乙係長から、「存在が目障りだ。居るだけでみんなが迷惑している。お前のかみさんも気が知れん。お願いだから消えてくれ」、「給料泥棒」、「どこへ飛ばされようと甲は仕事をしない奴だと言いふらしてやる」などと激しく罵倒されたほか、身なりに無頓着で、ふけがひどかったり、喫煙による口臭がひどかったりしたことから、「お前病気と違うか」などと罵られた。
平成15年1月から3月にかけて、甲は医師や患者からクレームを受けるなどのトラブルが続いたことから、食欲、興味、性欲が減退し、3月7日未明、家族や上司を名宛人とする8通の遺書を残し、首を吊って自殺した。
乙は甲の告別式で、遺族や同僚に対し、甲のふけや口臭がひどかったこと、甲が医師等と意思疎通ができなかったこと等を指摘した。
甲の妻(原告)は、甲の死亡は業務に起因するものであるとして、労基署長(被告)に対し、労災保険法に基づき、遺族補償給付等を請求したところ、被告がこれを不支給とする処分をしたことから、審査請求及び再審査請求を経て、同処分の取消しを求めて本訴を提起した。
<判決要旨>
労働者の死亡等を業務上のものと認めるためには、業務と死亡との間に相当因果関係が認められることが必要である。
精神障害の発症については、環境由来のストレスと、個体側の反応性、脆弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まるという「ストレスー脆弱性理論」が広く受け入れられていることからすれば、業務による心理的負荷が、社会通念上、客観的にみて、精神障害を発症させる程度に過重といえる場合に、当該精神障害の業務起因性を肯定するのが相当である。
労働者の自殺についての業務起因性が問題になる場合、当該労働者が業務に起因する精神障害を発症した結果、正常な認識、行為選択能力が著しく阻害され、自殺を思い止まる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺に至った場合には、当該死亡結果を意図したとまではいえず、労災保険法12条の2の2第1項にいう「故意」による死亡には該当しないというべきである。
甲が遺書において乙の言動を自殺の動機として挙げていること、乙の着任後、甲がしばしば乙との関係の困難さを周囲に打ち明けていたこと、甲の個体側の要因に特に問題が見当たらないことからして、甲に加わった業務上の心理的負荷の原因としては、乙の甲に対する発言を挙げることができる。
上司とのトラブルに伴う心理的負荷が、一般に生じ得る程度のものである限り、精神障害を発症させる程度に過重とは認められないが、甲が業務上接した乙との関係の心理的負荷は、@甲のMRとしてのキャリアだけでなく、その人格、存在自体を否定するなど、乙の発した言葉の内容が過度に厳しいこと、A甲の死後における同僚や遺族に対する発言からも、乙の甲に対する嫌悪の感情の側面があること、B乙が甲に対して極めて直裁な言い方をし、傍若無人な発言をしていること、C係の勤務形態が、上司とのトラブルを円滑に解決することが困難な環境にあることから、甲の心理的負荷は平均的強度を大きく上回るものといわなければならない。
以上によれば、乙の態度による甲の心理的負荷は、人生においてまれに経験することもある程度に強度のものということができ、−般人を基準として、社会通念上、客観的にみて、精神障害を発症させる程度に過重なものと評価するのが相当である。
甲は自殺直前まで抑うつ気分や食欲、興味、性欲の低下といった症状が続いていること、思考力、判断力の低下を示していることの各事情に照らすと、甲が発癌した精神障害が自殺までの間に治癒、覚解し
たものとは認められない。
そして、甲の遺書の中には、抑うつ気分、易疲労性、悲観的思考、自信の喪失、罪責感と無価値感が表れていたと認めることができるかれら、甲の自殺が精神障害によって正常な認識、行為選択能力を阻害きれた状態で行われたという事実を認定することができる。
以上からすると、業務に起因して精神障害を発症した甲は、当該精神障害により著しく阻害されている状態で自殺に及んだと推定されるから、甲の自殺は、故意の自殺ではないとして、業務起因性を認めるのが相当である。
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