1分遅れを理由とする日勤教育で自殺
JR西日本尼崎電車区運転士自殺事件
(第1審 大阪地裁平成17年2月21日判決)
(控訴審 大阪高裁平成18年11月24日判決)
<事件の概要>
被告会社では、運転士が事故やヒヤリハットを犯した場合で区長が必要と認めたときはその運転士を勤務から外し、事故時の振り返り、原因究明、基本動作などに関するレポートの提出、知悉度テストなどを内容とする日勤教育を実施していた。
勤続約25年の運転士甲は、ATS−P電源が点灯しているとの連絡を車掌から受け、その旨を指令所に連絡するなどしたため、予定を1分遅れて電車を発車させたところ、その3日後から日勤教育を命じられた。
甲は助役の下で、1日目に何本かのレポートを作成し、2日目には知悉度テストを受けたが成績が悪く、3日目には指導総括助役からさらにテストとレポートの作成を命じられ、終了後に同僚らに対しそのきつさを訴えた翌日自殺した。
甲の父親(原告)は、被告会社、電車区の区長(被告A)、首席助役(被告B)及び指導総括助役(被告C)は、日勤教育の名の下に甲をいじめ、甲の心身に危険が発生するのを防止せずに放置したから、安全配慮義務に違反したとして、被告らに対し、逸失利益5,584万円余、慰謝料を甲及び原告各3,000万円、弁護士費用1,000万円等を請求した。
なお、労基署長は、甲の自殺の業務起因性を否定し、労災給付を不支給とした。
<第1審判決要旨>
甲の身体の健康状態に特に問題はなく、何らかの精神病に羅患していたとも、自殺に結びつくような悩みを有していたとも認められず、日勤教育以外に甲の精神状態を悪化させる原因は考えがたいことなどを考慮すると、甲は日勤教育におけるレポート作成を苦痛に感じ、また知悉度テストの成績が悪かったことについて無力感を味わっていたところ、日勤教育が長期化することに悲観・絶望し、衝動的に自殺を敢行したと推認するほかない。
日勤教育と甲の自殺との間に条件関係のあることは否定できないところ、日勤教育の実施と甲の自殺との間に相当国策関係があるというためには、甲に対する日勤教育を命ずるに至った経緯、日勤教育の内容及び方法、1日当たりの時間及び期間等を考慮し、被告らにおいて、日勤教育を受けさせたことによって甲が精神状態を憲偲させ、その結果自殺したという結果について予見可能であったことを要するというべきである。
本件日勤教育については、これを受けた運転士は精神的苦痛を伴うものであり、甲が精神的苦痛を感じていたことについては、被告らにおいて認識し又は認識し得ペきであったと認められる。
しかしながら、@甲に対する日勤教育の内容、方法は他の運転士に対するものと格別変わったものではなく、肉体的・精神的に負担が過大であったとは認められないこと、A甲は被告らに対し、自殺念慮を窺わせる言動をしたり、自殺の可能性を予見でできる様子を示したとは認められないこと、B甲のレポートについて、専門家は「激しい心理的ストレス」が加わった形跡は皆無であると評価している上、甲は日勤教育に前向きに取り組む姿勢を示していたこと、C甲は自殺当日朝、電話で年休取得の連絡をした際、次の勤務日を確認しており、応対した者も特段の異常を感じていなかったこと、D甲と一番仲のよかった者も甲の自殺は予想していなかった上、自殺の前日に飲酒していたことなどに照らすと、甲の日勤教育を直接担当していた助役において、その管理者としての十分な注意を払っても甲が3日間の日勤教育によって精神状態を悪化させ、自殺するに至ったことについて予見可能であったとはおよそ認めることはできない。
したがって、日勤教育と甲の自殺との間の相当因果関係を認めることはできない。
<控訴審判決要旨>
安全意識の向上、基本の徹底や知識・技能の向上の理念の実現について社員に対する再教育の方法として日勤教育を行うことは相当な方法といわなければならず、その内容や方法については問題点があることは否定できないが、日勤教育が不相当とはいい難いというべきである。
甲としては、異常と思われる事実が発生したのに、自らの手元での状況を確認しなかったこと、基本手順である時刻の確認をしなかったことは明らかであり、これらはいずれも重大事故につながりかねない過ちであったといえるから、甲に対して日勤敦膏の受講を命じたことは相当な措置であったということができる。
甲は、生前病歴に見るペきものもなく、過去に短慮に出た行動一つなく、健康・性格・行動傾向に照らせば、本件日勤教育従事後に徐々に形成された苦悩の凝縮を見出さぎるを得ない。
しかし、死に直結する苦悩を醸成した原因を、日勤教育一般に随伴する問題に解消することはできず、甲は運転士としての基本知識に関する知悉度テストにも十分答えられなかった衝撃が、職業人としての自信を喪失せしめ、思い詰めた結果のうつ状態が引き金になって自己の全否定につながったと推認するのが相当である。
管理者側においても、甲がレポート作成に坤吟しているのを認識していたことは首肯できるが、死に直結する甲の嘗動を認識していたわけではないから、自責感、自己卑下の感情を露わにした甲のレポートの内容から心身の異常の予見可能性が否定できないとする控訴人(原告)の主張を考慮に入れても、やはり予見可能性の存在を納得せしむべき事情とは解されない。
したがって、日勤教育と甲の自殺との間の相当因果関係を認めることはできない。
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