不正経理に対する追求で自殺
道路会社営業所長不正経理自殺事件
(第1審 松山地裁平成20年7月1日判決)
(控訴審 高松高裁平成21年4月23日判決)
<事件の概要>
道路建設を業とする被告会社の営業所長であった甲は、所長就任1か月後から、部下に指示して受注高、出来高、原価等につき虚偽の数値を報告する不正経理を開始した。四国支店の部長乙は、甲に対し正しい数値に戻すよう指示したが、それ程の額でないと認識していたこと、甲の将来を心配したこと等から、その後の甲の報告を信用したものの、実際には是正されていなかった。
乙の後任の部長丙は、本社への報告を避けるため、架空出来高を計画的に解消する手法を甲に示唆し、他に不正経理の有無について確認したところ、甲はこれだけと回答したため、同営業所の不正経理額は1,800万円と認識していた。
営業所の業績検討会議の場で、丙は甲の部下に対し資料の数字が違う旨注意したところ、甲は自分が指示した不正経理について、幹部らの面前で部下が注意を受けたことにショックを受けた。
その際、丙は甲に対し、「会社を辞めても楽にはならないぞ」と叱責するとともに、「皆が力を合わせて頑張って行こう」と全員を鼓舞した。
そして、業績検討会議の3日後、甲は「怒られるのも、言い訳するのも疲れました」、「自分の能力の低さにあきれました」といった内容の遺書を残して自殺した。
甲の妻である原告A及び子である原告Bは、甲の自殺は限界を超えたノルマや叱責が原因であるとして、被告会社に対し、逸失利益9,700万円余、慰謝料として甲、原告A及び同B合計3,300万円などを請求した。
なお、本件は業務上災害と認定され、原告Aに対して遺族補償給付等が支給されている。
<第1審判決要旨>
遺書の内容や責任追及が行われた業績検討会に近接した時期に自殺が行われたことや、遅くとも自殺の直前にはうつ病に罹患していたことを考慮すると、不正経理についての上司による叱責・注意と甲の死亡との間には相当因果関係が認められる。
被告会社が甲に対して過剰なノルマを強要していたとは認められないが、約1,800万円の架空出来高を会計年度の終わりまでに解消する目標値は達成困難であったというほかなく、甲が端から見ても落ち込んだ様子を見せるまで叱賛したり、「辞めても楽にならない」旨叱責したことは、不正経理の改善やエ事日報の報告を指導すること自体が正当な業務の範囲内にÅることを考慮しても、社会通念上許される範囲を超えるものと評価せぎるを得ず、甲に対する叱責などは過重なノルマ達成の強要あるいは執拗な叱責として違法というペきである。
不正経理是正の目標値が達成困難なものであや八甲に対する叱責が適法と評価せぎるを碍ないものであるから、甲の上司の行った叱責等は不法行為として違法であり、被告会社の債務不履行(安全配慮義務違反)も認められる。
丙は、会社を辞めても楽にはならない旨発言するなど、甲が会社を辞めなければならなくなる程度に苦しい立場にあること自体は認識していたこと、営集所の実情を調査せず、甲の申告による約1,800万円の架空出来高の背後に更に大きな不正経理があることに気付かないまま、結果的に効果的ではなかった是正を厳しく求めたことなどに照らすと、甲が心理的負荷から精神障害等を発症して自殺することもあることを予見することもできたというべきである。
甲の逸失利益は8,751万円余、葬儀費は150万円、慰謝料は2,800万円が相当であり、原告Aへの慰謝料は300万円、当時高校在学中であった同Bへの慰謝料は200万円が相当である。
そして、一連の経緯、営業所に関する経営状況、叱責等の内容、甲が隠匿していた不正経理の総額とそこに至った経緯等を総合考慮すると、甲における過失割合は6割を下らないと認めるのが相当である。
<控訴審判決要旨>
甲は、上司からの是正の指示を受けながら漫然と不正経理を続けていたこと、当時工事日報を作成しておらず、上司からその提出を求められた際にもこれに応ずることができなかったことなどを考慮すると、上司らが甲に対し、不正経理の解消やエ事日報の作成についてある程度厳しい改善指導をすることは、正当な業務の範囲内にあるというべきであり、甲に対する上司らの叱責等が遵法ということはできない。
甲の死亡直前6か月間の時間外労働時間は、月間平均64時間ないし74時間であって、著しい長時間労働とはいえず、上司らが甲に対して過剰なノルマの達成や架空出来高の改善を強要したり、社会通念上正当と認められる限度を著しく超えた執拗な叱責を行ったとは認められない。
被控訴人(第1事原告)は控訴人(第1審被告)のメンタルヘルス対策の欠如を主張するが、控訴人は職場のメンタルヘルス等についての管理職研修を実施し、甲もこれを受講しているから、対策が何ら執られていないとはいえない。
また、甲の様子について、元気がないと感じていた者はいたものの、甲が精神的な疾患に罹っているかもしれないとれ甲に自殺の可能性があると感じていた者はいなかった。
甲が行った架空出来高を年度末までに解消する目標は、営業所の業務環境にかんがみると、不可能を強いるものではなく、その解消を求めることにより甲が強度の心理的負荷を受けて自殺に至ることについては、甲の上司らに予見可能性はなかったというほかない。
したがって、控訴人に安全配慮義務違反があったと認めることはできない。
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