同期生上司による部下への叱責で自殺
地公災基金愛知県支部長(市役所職員)自殺事件
(第1審 名古屋地裁平成20年11月27日判決)
(控訴審 名古屋高裁平成22年5月21日判決)
<事件の概要>
A市職員の甲が初めて課長に就いた福祉系部署である健康福祉部児童課は、多数の課題を抱えるとともに、格段に仕事量が多く、その難易度も高かった0同部の部長は甲と同期生で部下に厳しく、「馬鹿者」、「お前らは給料が高すぎる」などと、感情的・高圧的に部下を叱りつけることがしばしばあった。
A市では、総合的保育システムの計画が遅れており、甲は就任早々早急な対応を迫られたほか、ファミリーサポートセンター(センター)の準備も遅れており、部長は甲に随行した課長補佐を大声で激しく非難するなどした。
また、JC(青年会議所)では、保育園に対するアンケートの件でA市に協力を依頼していたが、児童課はその協力を見合わせていたところ、JC幹部が甲と補佐に対し、A市が協力しないことを新聞に公表するなどと強く抗議した。
こうしたことから、甲は児童課長就任後1か月足らずで不眠と食欲不振が続いてうつ病に罹患し、就任2か月後に遺書を残して自殺した。
甲の妻(原告)は、甲の死亡は業務に起因するとして、地方公務員災害補償基金(被告)に対し公務災害認定の請求をしたが、被告はこれを公務外と認定したことから、原告は同認定処分の取消しを求めた。
<第1審判決要旨>
保育システムの完成遅れについては、その後一応の解決を見、その後も問題が生じなかった経過からすると、その心理的負荷は短期間に止まり、その後も同様な心理的負荷が続いたとは認めがたい。
センターの開設について決裁が下りないことが続いたことも、これによる精神的負荷がそれほど重いとはいえない。
部長は、部下からは配慮に欠け、意欲をなくさせると評価されていたが、その指導が内容的に不当なものであったと認めるに足りる証拠も、部長が部下を人格的非難に及ぶような叱責をしたと認めるに足りる証拠もないし、部長が甲を名指しで厳しい叱責をした事実も認められない。
そうすると、部長の指導は直ちに不当なものとはいえない。
甲のうつ病発症後におけるJC幹部の抗議は、脅迫といえるものではなく、その場で要求を呑む方向で解決していることからすれば、以前にクレーム係をしていた甲の経歴からして、重い精神的負荷が生じるようなものとはいえず、甲は重症うつ病エピソードの症状を示していたことからしても、公務と自殺との間に相当因果関係が存するとはいえない。
以上のとおり、甲と同種の公務に従事し遂行することが許容できる程度の心身の健康状態を有する職員を基準として、当該精神障害を発症させられる程度に強度の心理的負荷を受けたとは認められず、他方、個体例の要因により大きな発症の原因が窺えるから、甲の公務とうつ病発症等との間に相当因果関係は認められない。
<控訴審判決要旨>
甲が児童課に異動した当時は、保育システムの完成遅れやセンター計画の遅れがあり、しかも早急に対応が求められ、対応を間遠えると重大な問題となりかねないものであったことから、これによる甲の心理的負担は相当なものであったと認められる。
部長の指導は、人前で大声を出して感情的、高圧的かつ攻撃的に部下を叱責することもあり、部下の個性や能力に対する配慮が弱く、叱責後のフォローもないものであり、パワハラに当たることは明らかであって、その程度も、このままでは自殺者が出ると人事課に直訴する職員が出る程であった。
甲は、55歳という加齢による一般的な稼働能力の低下をも考え合わせると、部長の下での公務遂行は、甲と同程度の年齢、経験を有する平均的な職員にとって、かなりの心理的負担になったものと認められる。
なお、部長が仕事を離れた場面で部下に対し人格的非難に及ぶような叱責をすることはなく、指導の内容も正しいことが多かったが、それらを理由に、これらの指導がパワハラであること自体否定されるものではない。
また、部長の非難や叱責は直接甲に向けられたものではなかったが、部下が叱薫を受けた場合には、それを自分のものとして受け止め、責任を感じるというのは、平均的な職員にとっても自然な姿である。
そうであれば、甲は部下が部長から強く叱責された際、これにより心理的負荷を受けたことが容易に推諺できるのであって、そのことは甲が部長のことを「人望のない部長、人格のない部長、職員はヤル気をなくす」と書き残したメモからも明らかである。
以上を総合すれば、甲は、これまで経験したことのない福祉部門で、重要な問題を多く抱えた児童課に異動になったのみでなく、当時保育システムやセンター計画の遅れを抱え、早急に対応を迫られたこと、上司はパワハラで知られた部長であり、甲の部下に対して大声で厳しく非難するような事態が生じたことなどによる心理的負荷が重なり、そのため甲はうつ病を発症したことが諦められ、発症後も、部長からの厳しい指導、JCからの苦情などによりさらに病状を悪化させ、それにより自殺に至ったものと認められる。
そして、この心理的負荷は、平均的職員を基準としても、うつ病を発症させ、あるいはそれを増悪させるに足りる心理的負荷であったと諦めるのが相当である。
甲がうつ病の病前性格を有していたことは辞められるが、甲にも家族にもうつ病発症の前歴はなく、甲は30年間多くの部署を大過なく歴任していたことからすれば、甲の病前性格は平均的職員が有する性格特性として通常想定される範囲内というペきであって、特別にストレスに対する脆弱性が大きかったとは諦め難い。
以上、甲のうつ病の発症、増悪から自殺に至る過程は、これらの業務に内在する危険が現実化したものというべきであるから、甲の自殺には公務起因性が肯定される。
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